Posted by on 1月 1, 2017 in | 0 comments

「豊想の泉」〜Vol.21〜 フロイド由起

 

最近ある方に頼まれて、ホノルルにあるマキキ聖城キリスト教会の創設者である奥村多喜衛牧師の自伝を日本語訳にする作業をしていました。奥村牧師は、ヘンリーマーティンという若くして亡くなった伝道者の人生に感銘を受け、1894年、同志社大学を卒業してすぐにハワイに住む日本人に伝道をするためにハワイに来られました。

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ハワイに渡る航海の途中、激しい嵐に襲われ、荒れ狂う波に船室の壁が打ち砕かれ、海に投げ出されたところを幸い助けられ命がけで来られたのです。ハワイに来てからは、厳しい労働と貧困の中で荒んだ生活を強いられていた日本人の為に、休む間もなく魂を注ぎ込みました。奥村牧師の想いを頭の中に思い巡らすと、彼の故郷である高知城を模ったマキキ教会に、今も生きる彼の命を感じるようになったのです。

人の想いとは、それに触れる人の感情を動かすものです。

今月2月14日に愛する父が初老のうつ病を患い、自ら命を絶ってちょうど5年を迎えました。毎日寝ても覚めても父のことが頭から離れなかった日々からすると、今は時折胸にちくりと針が指す程度にまでに痛みが回復したようです。そのように変化してきたのも、父の命をいつも身近に感じられるおかげでしょう。

私の日常には父がたくさん存在しています。父がくれた超日本的な万年筆、封書を開封する為の木製のペーパーナイフ、最高によく切れる日本製の爪切りなどなど、どれも私のアメリカ生活を思いやって用意してくれたものでした。そして極め付けが特別仕様の変圧器。父は私が日本の電気機器をアメリカで使用できるようにと変圧器を買ってくれたのですが、何しろ重くて持ち運ぶのが大変だというので、その変圧器の底に金具を取り付け、丈夫なワイヤーを装着し、持ち運べるように取っ手を付けました。細々とした部品を買い、溶接をし、取っ手を付け、重い変圧器を丁寧に梱包し、郵送するに至るまでの労力と想いを痛いほど感じる代物です。そして遺してくれた有形、無形のものの全てに父の命を感じるのでした。

人の身体は滅びても、想いは生き続ける。命はその想いとともに、遺された者の中に生き、どこまでも自由に行き来し、永遠に絶えることはないと確信しているのです。