Posted by on 1月 1, 2017 in | 0 comments

「豊想の泉」〜Vol.23〜 フロイド由起

34歳の時に人生で最も衝撃的な二人の家族との死別を経験し、自分の存在自体を揺るがすような絶望感を味わいました。よく伴侶を亡くすことは「身体半分失くしたような」と比喩されますが、私も実にその言葉通り、もう社会の中にいても自分一人だけ皆とは違う機能しない人間のように感じていました。でもそのように感じるのは私の内的な感情だけで、他の人から見ればもう死別後すぐに普通に過ごす一人前の人間に見えていたに違いありません。

他人が認識する自分と、自分だけが自覚する自分にはギャップがあり、皆とは違う人間になってしまった私の内面は大きな孤独感や不安と悲しさでいっぱいでした。でも死んでしまうわけにもいかず、この先長かろう人生をどのように生きていけば良いのかとそのことばかり考えていました。いつまでも時間が止まったままであるかのように、苦しい時間はなかなか過ぎていってくれません。

でも今振り返ってみると、そのような時にも色んな人達に助けられたり、出会わされたりしていました。食事に誘ってくれたりする友人がいました。また月命日に花を送ってくれる人、とても励まされる本をくださった人、共感できる言葉をかけてくれた人。その時、その時、必要な時に必要な人と出会ったり、力をもらえる出来事が起きたりしました。

こんなふうに生きてきて、永六輔さんが書かれた歌詞を読むと、ぐっと言葉が現実味を帯びてきます。

 

「生きているということは誰かに借りをつくること。

生きていくということはその借りを返してゆくこと。

誰かに借りたら誰かに返そう。

誰かにそうしてもらったように 誰かにそうしてあげよう。」

(永六輔『生きているということは』)

 

誰が言ったのか忘れてしまいましたが、「自分が人にしたことは忘れても良いけど、自分が人にしてもらったことは忘れてはいけない」という言葉も私の中に大切な言葉として残っています。どうしてその言葉が強く残っているのか?私は忘れん坊で自己中心なので、いとも簡単に人にしてもらったことを忘れてしまうからです。ですから時折自分を戒めて、人にしてもらったことを意識して思い起こさなくてはなりません。

ハグハワイの根底には、人に支えられて立ち上がる力が出てきたら、今度は自分が他の人を支えるという考えがあります。そうすることで、自分がいちばん幸せを感じられるということが分かっているからです。